大阪散策 熊野街道番外編 半田の一里塚

「国立公文書図書館」 デジタルアーカイヴの中に、徳川幕府が
作らせた古地図が収納されていて、オンラインで閲覧可能です。
元禄時代の「和泉の国」(現代の泉南地方)を見ていたら、
岸和田・「半田村の一里塚」を見つけました。

赤い線が熊野街道(小栗街道) 道を挟んでいる黒点が一里塚の記号です。
下部に岸和田城が描かれていて、ここにも赤い線が走っています。
たぶんこちらが紀州街道と思われます。

一里塚は街道の左右に、土盛りをして松などを植えたものを一対とし、
約4kmごとに設置されていたようですが、現代では「一対」で
当時のままの姿で残っているものは少ないようです。

画像


写真は熊野街道 岸和田地区に残る「半田の一里塚」です。
残念ですが、現在は街道の東側にのみ残っています。

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この「半田の一里塚」は、当時の姿を残している貴重なモノだそうですが、
こうして300年以上前の古地図の中に見つけると、嬉しくなってしまいます。

各村々の名前も、現代にそのまま残っているものが多いですね。





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この記事へのコメント

ナムダー
2012年03月16日 21:35
これが本当の(笑)一里塚なんですね。
やはり一対であったそうで。
でもほんとこの状態で残っているのは貴重ですよね。

私今、デジタルアーカイヴで悪戦苦闘しています。
でも「探す」のは楽しいですね。
2012年03月17日 14:16
ナムダーさん コメント有難うございます。古地図は普段見ている地図とは随分と書き方が違うので戸惑いますね。城や川や山なんかを目印にして、根気良く探さないとなかなか目的の場所が見つけられません。それもまた古地図の楽さですかね。
noel
2012年03月25日 09:46
こんにちは。デジカメを買いました。y&mさんのGPS付きが面白そうだったので、それを中心に見ながらレンズの明るさでCANONのS100にしました。
フジにも惹かれましたが、最終的には勢いで。
翌朝ルフトハンザで高跳びするので、その前に大阪へ荷物を発送する予定です。
noel
2012年03月25日 16:46
すみません。仕上げがイマイチになりました。(~_~;)
確認したところ、トリュフはいいとして、オランジェの
オレンジの柔らかさが微妙。
帰国後に作り直すそうなので、もう半月ほどお待ちください。

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