熊野街道番外編 浅香の千両曲がり

いつも同じ車両に乗っていると席に座っている人もたいてい同じで
途中で降りる人の顔まで覚えてますから さりげなく前に立つ(笑)
席が空いたら文庫本を取り出して終点まで読書
これが毎朝の通勤パターンですが・・

最近 普段と違う時間帯に電車にのる機会が2度ほどありました 
少し時間がずれると 当然ですが知らない人ばかり
通勤電車が二本ズレたら 意外と空いていたりしてのんびり旅行気分
になることもあります さらには窓から外の景色を見る余裕まででてきます

JR 浅香山の鉄橋から見た大和川です(東方向) 
画像




私の熊野街道散策でも書きましたが 
俗に「浅香の千両曲がり」と言われる場所です
1704年 治水のため東大阪一体に流れ込んでいた大和川を
堺へ流すために付け替えが行われています

上町台地から続く丘陵地帯は この付近(浅香山)まで続き 
やむなく低い部分を選んで川筋を蛇行させなければならず 
その為に千両余計に掛かったといわれています 

下の地図をクリックして更に少し拡大すると 川を挟んで
現在も南北両側に「浅香」の地名が残っているのが分ります

この付近で育った私は子供の頃 学校で大和川が運川であると
教えられた記憶があります 当時は「へぇ~だれが掘ったんやろ」
という程度の可愛い坊やでしたが(笑)

結果 この付け替えは 上町台地から生駒までの東大阪一帯に
治水の効果を上げ 地域発展に大きく寄与したのですが 逆に
付け替え後 海に流れ込む土砂の為に貿易都市・堺の港は使い物
にならなくなりました

そして住吉から続いていた旧熊野街道は大和川に寸断されて
現在はそのルートが想像の域を出ないようです

そしてそして私も・・
付け替えがなけりゃ 貿易都市 堺のハマッコだったかも(笑)




   

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この記事へのコメント

谷やん
2007年04月06日 18:01
熊野街道三度笠も楽しく拝見しておりやす。歴史にうといおいらには、いろいろためになります。どうか道中ご無事で、腰をいわさんようにお気をつけください。それはそうと、某ライブハウスには行かれてます?y&mさんバンドの演奏がききたいのですが・・・。
y&m
2007年04月06日 21:58
ここんとこテンションには御無沙汰してます HPを見る限り新しいお客さんが増えて毎夜楽しい演奏が続いているようですね そのうち4人で伺いますよん 老齢化でなかなかバンド・メニューが増えませんけどね(笑)
ナムダー
2007年04月15日 10:22
御無沙汰しております。
やはりこのテーマには一言コメントさせて頂きます。(笑)
都合上、三度ほど浅香へは行きましたが、カーブしている理由を知っているとほんと不思議に思えます。南海電車の鉄橋の下から、千両曲がりを1時間位ぼーっと見ていたのを思い出しました。江戸時代に人の手で造ったと言うのが今も信じられませんね。
y&m
2007年04月15日 15:59
ナムダーさん こちらこそご無沙汰してます 運河がどうしてアレだけ曲がっているかを知っていると面白いですよね しかし異様な曲がり方ですよね 本来なら大阪市立大学は大和川の底ですね(^_^;; 

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